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2006年02月13日

 インスパイヤハンターの問題点と表現このエントリーを含むはてなブックマーク

真夜中のインターネット 第9回 のまネコ問題に見るネット発「パクリ」検証
こういう記事が前にイイアクセスさんに紹介されていましていつかは書きたいなーと思っていたことを書きます。

まず最初に、この記事そのものはのまネコの商標登録申請日が間違っていたりと、ちょっと怪しいところがあるらしいので、記事そのものを信じるというわけでもないです。
でもこのインスパイヤハンターという言葉がちょっと面白い。

僕は前々からこれらの人に名前が必要だなーと思っていたんだけど、著作権プロギャラリーでは悪意が過ぎるし、プギャという単語が既にプギャーという例のAAに押され気味であまり良くないので、どうしようかなと考えていたんです。それに対してハンターという響きはまさにぴったりですね。
ここでまず、このエントリーではインスパイヤハンターの定義を「パクリ疑惑を探し、発見、検証、告発することを趣味とする人。特に無償で活動する人。」とします。もちろんその行為の善悪は関係ないとします。市民活動家が全てプロ市民ではなく、良い活動が多くあるのと同じですね。(ここで言う無償というのは検証サイトに広告が無いとかではなく、パクリ検証そのものが利益にならない場合です。例えばパク・パロられた元は検証することによる利益や、防げる不利益があると思うのでインスパイヤハンターではありません。)
逆を言えばインスパイヤハンターの一部がプロ市民的になる可能性が(もしくはすでになっている可能性が)あるというわけです。まあ無償活動というのはえてしてそうなりやすいわけですね。タマちゃんを守る会とか、ちょっと種類は違いますが折鶴プロジェクトとか。なので今回はそのインスパイヤハンター行為が及ぼす危険性についてちょっと語ってみようと思います。
(パク・パロと書いているのはこの定義についてちょっと下で言いたいことがあるからです。今のところパクリ、パロディといった真似行為の全てを指すと捉えてください。)

まず、こういう話に関わったことがある人には今更なのですが、パク・パロ行為が、パク・パロられた元に利益をもたらすことがあります。のま猫は置いておいて、マイヤヒーの歌はそもそも海外でパク・パロ動画ができたことが話題の広がりに一役買っていました
海外のP2Pのファイル交換関係の研究で、特に無名なアーティストの楽曲の無断配布はその楽曲の売り上げを促進するなんて話が出ていましたが、日本でもバンプやハピマテ、pop star等の売り上げに、ネットのパク・パロ行為がある程度の利益をもたらしているんじゃないかなーということがあります。
あとは同人誌が日本の漫画文化を陰ながら支えている、とか。
つまりパク・パロが必ずしもパク・パロられた元に損害を与えることにはならず、たまに利益も出てくるというわけですね。
ま、ここまでは当たり前と言うほども無い話。

さっきから「パク・パロ」と言っているのですが、「パクリ」がいけないことで「パロディー」がしてもいいこと、と一般には使われています。
こういうサイトでもそれぞれの定義がなされていますがネットで大抵は

パクリ
 元ネタを公表していない
パロディ
 元ネタがわかるようになっている

ということになっています。
まあこの分類はいいとしても、パクリ=悪い パロディ=良い という風潮はそこそこ危険なものだと思われます。
例えばパク・パロ作品はそのパク・パロ部分がネタの隠し部分であり、オチであるので、パク・パロをしていることを隠すことがあります。そういう隠すことが悪いことになってしまうことがあります。
それ以上に、隠すか隠さないかは必ずしもその結果に関係あるとは言えないからです。

とても重要なことなのですが、著作権を守るのはどうしてか?をしっかり考える必要があります。
著作権を守るのは表現を守るためであって、著作「者」を守るためです(以後、権と者が見間違いやすいので気をつけてください)。けっして著作権を守るために、著作権を守っているわけではないということです。もっと言えばパクリを糾弾するために、著作権を守っているわけではないというわけです。

著作者を守るためには、著作者が不利益を被る事を防がなければなりません。
例えば、作品をそのままコピーされて売り出されると、元の著作者の売り上げが下がります。よってこの行為は規制されるべきです。
他に作品の質を変えて配布すると、著作者が心理的に傷つくことがあるでしょうし、不当な評価がつくことがあります。よってこの行為は規制されるべきです。
前者はともかく、後者は果たして不利益が生じたか?が難しい点になります。心理的に傷ついただの不当な評価がつくだのということは最終的には本人にしか判断できないからです(少し真似されただけでショックを受ける人もいるでしょうし、逆にパクられても喜ぶ人がいます。)
著作権は親告罪であることの一因でしょう。

たとえ元ネタを示したパロディーであっても、そのパロディー元に迷惑をかける行為はしてはいけないはずです。逆にパクリでも誰にも不利益もたらさない行為が糾弾される必要はあるでしょうか?また、パク・パロをした側がそれを知られるとまずいのかどうか?というのはパク・パロをされた側の不利益に関係することでしょうか?
良いパク・パロと悪いパク・パロの判断は、相手へ不利益をもたらすかどうかを基準とするべきだと思うのです。
もちろん引用元を示すというのは多くの場合相手への不利益を軽減する良い方法です。
不利益をかけなければ何をしてもいいのか?と言われると悩んでしまいますが、少なくともパロディー元への不利益を防ぐというのは最大のポイントであるはずです。

良いパク・パロと悪いパク・パロを、相手へのリスペクトがあるかどうか?で分ける人がいます。自分の考えは結果的にこれにある程度近くなります。つまり相手へのリスペクトさえあればある程度相手に不利益をもたらさない配慮をするだろうということです。

まとめるとこうです。

引用元を示す→相手への不利益を抑える1つの手段
リスペクトを持つ→相手に迷惑をかけない心がけ。

どちらも同時に、相手へ心理的利益をもたらす努力にもなります。

インスパイヤハンターの「一部」(2ちゃん用語でいうところの「一部」です)の人たちは最近パロディー元を明記しているかを判断基準にしてインスパイヤハントを行っています。ただ本当に著作者や表現を守りたいのであればもう少し元に即したこと、つまり著作権ではなく著作者と表現を守るため、ということを考えて活動して欲しいのです。
そうでなく単純にパロディー元明記があるかどうか、似ているかどうかだけを目安に相手を潰そうとするのでは、ルールは違えど単に著作権を守るとだけを目指す某J○○○○やデo○○ーと同じになってしまうのです。
企業がそういう活動をするならまだしも、今までその行き過ぎた著作権取り締まりに抵抗してきた市民側、しかもネットユーザーからそういった団体や活動が生まれてしまえばそれこそ表現の破壊の危機です。

不利益があるかどうか?を判断するのはパロディー元の明記があるかという判断よりもよっぽど難しいことになります。
しかしインスパイヤハンターの人々は是非、そういう議論の場を持ち、糾弾するのではなく守ること、大衆に訴えるのではなく大衆と議論し、考えることをしていただきたいと思います。
パクリの狩人ではなく、クリエイティブの守護者になってくれることを期待します。

p.s.
また炎上なのかもしれないですが、まあ例の火もくす火になってきましたし。
あ、あとコメントは空けておきます。忙しくて返信を返せない可能性が高いのですが。
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 今回は、しっぽ氏のブログを見て考えてみした。 しっぽのブログ: インスパイヤハンターの問題点と表現 http://tail.s68.xrea.c... [Read More]

コメント

10   投稿者: Anonymous (2006年02月16日 18:34)

インスパイヤハンターの萌芽自体はそんなに最近でもないかもしれない。
ネットウォッチ板における著作権法違反と思われるサイトへのウォッチのように、当事者でない人が騒ぐというのは前からあったから。
もちろん、現状のインスパイヤハンターは「触らず、荒らさずまったりと」に従っているようには見えないが。

11   投稿者: しっぽ (2006年02月17日 04:27)

そうですね。
これは知っている人にとっては今更の話なのです。

16   投稿者: Anonymous (2006年02月26日 18:29)

先のコメントの他にも思ったことがあるのですが、しっぽ氏は著作物を管理するのは著作者自身がやるのが望ましいとお考えですか。
例えば音楽を例にとると、現状では、著作者(作詞者・作曲家)・音楽会社・ジャスラックが著作物を管理するものとしてあげられてます。その中で、著作者自身が音楽を管理すべきだとお考えなのでしょうか。

17   投稿者: しっぽ (2006年02月27日 01:32)

全ての著作物を本人が管理するのは絶対に無理だと思いますし、
特にJASRACが誕生した当時はもっと技術がアナログで、
管理には規則の一括化や簡略化が必要不可欠だったと思います。

ただし、現在はもっと情報技術が発達し、技術面のみでは著作者本人の意向をより反映できる仕組みが可能だと思われます。
時代は変化しますので何十年前のJASRACのシステムを使い続ける体制はいささかおかしいと思っています。
JASRACそのものが独占禁止法に違反する可能性もあり、著作者が他のシステムを使えない、
もしくは他のシステムを使うことで一部のサービスが提供できなくなる現状にも問題があるでしょう。

重要なのはJASRACにしろネット市民にしろ現実に即した対応と柔軟性、幅広い議論と、ありきたりなことですが、そういうことだと思います。

18   投稿者: Anonymous (2006年02月28日 04:07)

お答えありがとうございます。
私としては、結局のところ音楽会社がジャスラックに著作権を預けているのですから、音楽会社が独自に管理の役割を担おうとすることも出来るのではないかと思いました。
そうしないということは、現状のシステムで音楽会社にとっては十分なものなのかもしれません。そもそも、著作者自身がどれほど現状に不満を持っているかも未知数です。
まだ著作権に関しては勉強の身ですが、今回ののまネコ騒動などを通していろいろ考えることができました。
ありがとうございます。

21   投稿者: しっぽ (2006年03月03日 09:21)

>著作者自身がどれほど現状に不満を持っているかも未知数です
有名なところでは坂本龍一が公式にJASRACに不満を表明していましたね。
現状ではそれくらい力のある人物でないと文句を言うのが難しいようですが。

23   投稿者: Anonymous (2006年03月04日 01:20)

ありがとうございます。
読んでみます。

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正しく投稿されてることが多いです。
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